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佐藤優入門(2)ソ連におけるキリスト教の実態

 

 

 

自壊する帝国 (新潮文庫)

自壊する帝国 (新潮文庫)

 

 

 

甦る怪物(リヴィアタン)―私のマルクス ロシア篇

甦る怪物(リヴィアタン)―私のマルクス ロシア篇

 

 (以下引用は「自壊する帝国」が壊、甦る怪物私のマルクスロシア篇が怪と略す)

①     モスクワ大学哲学部科学的無神論学科

(付記)

佐藤は1985年外務省専門官(ノンキャリア)として外務省に入省。研修を追え1987年モスクワに赴任する。ソ連末期、ゴルバチョフは西側とのデタントをすすめるが西側の政治家、企業家、などエリートと交流するにあたり、西欧キリスト教的な教養、知識背景を持っている人物もその教育をできる人材もいない。アメリカ人宣教師が講義を担当していたが、ファンダメンタリズム根本主義)神学で、西欧の知的神学の伝統と断絶されている。

そこで、同志社大学で組織神学を学んだノンキャリア官僚である佐藤にモスクワ大学で講師をして欲しいという依頼がきて、佐藤は「モスクワ国立大学客員講師」の肩書きで教えることになる。西側外交官がモスクワ大学の講師として教えることは極めて異例であった。モスクワ大学の講師という肩書きは、日本大使館の三等所期官という肩書きをはるかに超えて人脈をひろげていった。当時西側の外交官は主にゴルバチョフの改革派との交流を主としていた。しかし将来のクレムリンのエリート官僚となる、学生やそこから保守派の共産党幹部にも人脈が出来、これが佐藤の外交活動の幅を広げていくことになる。

いずれにしろ、彼の記述には、公式では「宗教は阿片だ」とする共産主義国家の中にも、キリスト教信仰は根強く生き残っていた生々しい証言に満ちている。

 

(壊P53

言うまでもなく、ソ連社会主義国家であり、科学的無神論を国是としていた。マルクスが「宗教は人民の阿片である」と言っている以上、大学で宗教のようなくらだらないことを研究するわけにはいかない。しかし、人間社会には宗教現象は存在するので、最高学府であるモスクワ大学でもそれを批判的に研究する必要がある。そこでソ連当局は哲学部に「科学的無神論学科」を設けたのだ。宗教でなく無神論を研究するという建前で、実際は神学や宗教学を研究していたのである。

(P64

  科学的無神論学科はソ連の二重構造が集約されているような場所だった。(中略)宗教という虚偽のイデオロギーからソ連国民が離れていくことを促進するためには「科学的な知識」を広めていけばよいというのが共産党の基本方針だった。だから、ソ連憲法では信教の自由とともに無神論宣伝の自由が保障されていた。モスクワ大学哲学部科学的無神論学科は、無神論研究の最高権威で、卒業生のほとんどは共産党イデオロギー要員や大学教員になった。ここでは聖書を読むことも自由にできたし、また一般では読むことのできない欧米の神学書や宗教学研究書(中略)も読むことができた。

 

(P76)

「いったいどうなってるんだ」

「どうもこうもないよ。宗教をまともに勉強できるのはここくらいさ。だからここに来る学生はほとんど隠れ信者だ。教授も半分は信者だ」

私は彼らの話に混乱し、わけがわからなくなったl。

 

(怪物P26

 ソ連共産党は、表面的には科学的無神論を掲げながらも、宗教研究を重視していた。そこで最高学府のモスクワ大学でも神学や宗教史、宗教事情に関する研究がなされていた。後に知るのだが、学生のほとんどは、ロシア正教の「隠れ信者」で、教師たちもそれを黙認していた。

十一階の哲学部掲示板を見ていると科学的無神論学科の講義カリキュラムが貼ってあった。

 

(P30

ソ連時代に欧米の哲学を研究するためには「科学的共産主義の立場からの批判」という粉飾が不可欠だった。逆説的だが、ヴィトゲンシュタイン、ラッセル、ホワイトヘッドなどの分析哲学系については、現代数学や論理学の枠組みでそのまま紹介することが容易にできたが、ホルクハイマー、アドルノハーバーマスなどのフランクフルト学派については、マルクス主義の影響があるためにかえって紹介が難しかった。モスクワ大学哲学部には「現代ブルジョア哲学批判学科」という不思議な名称の学科があり、そこでフランクフルト学派デリダフーコーなどのポスト・モダン系の哲学を扱っていた。

 

(神学部とは何か?P 126)

 この人たちの所属は、現代ブルジョア哲学批判学科という学科であった。そこで使用される専門書は独特の構成をしている。

 まずは序文で、ソ連共産党大会の決定をもってくる。そして共産党の意向に沿った形でテーマを設定する。

「まさにこれは、レーニンが言っていた時の情勢に近い」といって「レーニン全集」からレーニンの言葉を引用する。そして次に、「こういう状況の中で腐敗しきったブルジョア社会においては、このようなけしから議論が出ている。このことをわれわれは正確にしっておかなければならない」ということを前書きで書いておいて、本編ではできるだけ正確にフーコーなり、ハーバーマスまりの言説を紹介するのである。

 そして最後の結論のところで、「以上、述べてきたことから明らかなように、このような退廃したブルジョア的学問に将来はない」と結ぶのである。

 このような、はじめから結論ありきの著作構成には、まったく説得力がない。しかし、こういったものが非常に良い学術書とされる。もちろんソ連の学者たちはわざとこういう書き方をしているのだ。研究者はみんな、序文とあとがきは飛ばして、真ん中のところだけを読んで、西側でどのような新しい学問の流れが出ているかを知るのである。学術書をチェックする検閲官ももちろんモスクワ大学哲学部の出身者なので、執筆者も編集者も、みんなそのことを知っていて、完全にグルなのだ。

 

(怪物P32)

 「モスクワ大学のみならずロシアの高等教育機関にはプロテスタント神学を体系的に学んだ専門家が一人もいないんだ。だから宗教哲学の感覚はわかるんだけど、神学になると勘所が捕らえられないんだ。そこでマサルにたのみたい」

(P34)

モスクワ大学の客員講師をつとめている」ということを伝えると、日本大使館の三等書記官という肩書きでは面会に躊躇していた有力国会議員や各省庁の閣僚や次官、更にクレムリン要人が簡単に会ってくれた。しかも、ソ連時代の無神論政策に対する反動から、宗教事情に通暁しているということにロシアの政治エリートは畏敬の念をもっていたので、「モスクワ大学客員講師」の肩書きは、私の本業を大いに助けてくれた。

 

 ②アフガニスタン帰還兵アルベルト

(付記)佐藤が当時モスクワ大学で教えた学生たちの中には、エリートの他にアフガニスタン帰還兵なども含まれていた。

 

(P59

「佐藤先生、今日は僕のアフガニスタンでの体験について話したいのです。話を聞いてもらえますか」と言った。私は「喜んで」と答えた。その後、アルベルトはアフガニスタンでの経験について具体的に話し始めた。

「僕の戦友が装甲車に乗って舗装されていない山道を走っていると、道にものが落ちていました。よく見ると動いている。そこで、戦友は装甲車を降りて近づいて見ると、人間の赤ん坊が、布にくるまれて放置されていたんです。このままでは死んでしまうと思い、友達は赤ん坊を抱いて、近所のアフガン人の村に連れて行ったそうです」

「それは村人に感謝されただろう」

「佐藤先生、そうじゃないんですよ。これはドゥシュマン(アフガンゲリラ)の工作なんです」

「どういうことだい」

「赤ん坊は餌にしてソ連兵を呼び込むんです。それでソ連兵を捕まえて裸にしてまず急所を切り取る。それから、耳と鼻を切り、肘のところで両腕を切り、膝のところで両脚を切る。それで、道に放り投げておくんです。あえて目は抉らない。恐怖がいつまでも見えるようにするためです」

「・・・・・」

「佐藤先生、人間の生命力というのは、案外強いんで、それでも生きている人もいるんですよ。芋虫のようになって。しかし、死んでしまう戦友も多い。僕たちは弔い合戦で、アフガン人の集落を襲撃し、下手人を見つけて殺しました。最も下手人は逃げているので、捕まらないことがほとんどです。そういうときは『疑わしきは罰する』で、敵性分子は皆殺しにします。こんな戦闘を、二、三回経験すれば、人を殺すことなんて何とも思わなくなりますよ」

(中略)

「それからは、道に赤ん坊が置かれていても、誰も助けはせずに、装甲車で轢いていくんです」

(中略)

ソ連兵の乗った装甲車や兵員輸送車がアフガンゲリラに捕らえられてしまうことがあります。捕虜になった将兵は文字通り身体を切り刻まれて惨殺される。あるいは石打ちにします。大きな石を当てるとすぐに死んでしまうので、握り拳大の石をたくさん集めてきて、できるだけ苦しみを長引かせて、殺すんです。生きて還ることは絶対にできない。それだから、このようなリンチの現場を見つけるとソ連軍の武装ヘリが機関銃やミサイルを撃ち込んで、戦友たちを早く楽にしてあげるのです」

「・・・・」

「ヘリコプターの操縦手は泣きながら撃つんですよ。それが戦友たちを楽にしてあげることができる現実的な唯一の方策だから」

「・・・・」

「だから、これは愛なんです。そのことを民主派の連中はわかっていない」

「君の部隊でもそういうことがあったか」

「ありましたよ。僕は歩兵だったからヘリコプターに乗ったことはないけれど、友軍の手で楽にされた兵士はいましたよ。それから、両腕、両足と舌を切られ、耳、鼻を削がれた兵士も安楽死させられる場合が多かった。本国に送還されても厄介者とされ、社会復帰できる可能性が皆無だからです」

「そういうことがあった後は、アフガン人の集落に対して報復攻撃をするのか」

「はじめの頃は報復攻撃をしました。村を焼き払い、手当たり次第に住民を殺した。しかし、そういうことが何度もあると報復も面倒になる。佐藤先生、アフガニスタンでは時間の流れが違うんですよ。うまく説明できないけれど、すべてが静止しているんです。地獄があるとすれば、アフガニスタンなのでしょうが、それが現地にいるとそう思えないのですよ。戦場だということも感じない」

(中略)

アフガニスタンでは、紙幣は単なる紙切れとしての意味しかありません。石鹸、マッチ、潮、砂糖などの生活必需品が不足している。特に砂糖は貴重品です。砂糖二キロを渡せば、身体を開く娘は多い。だから女には不自由しないんです」

「佐藤先生、僕は軍からモスクワ大学への推薦枠をもらってほんとうに幸運でした。大学生になってから、時間が普通に流れるようになりました。ただ、ときどきアフガニスタン時代の夢を見るのです。そうすると一日憂鬱です。そして、一度、夢を見ると、その夢が翌日も、翌々日も続くのです。戦場に引き戻されたようになって、気が滅入ってくるのです。佐藤先生夢を見ないですむようにする方法があったら教えて欲しいのです」

(中略)

その日は閉店の午後十一時まで、アルベルトの話を聞いた。アルベルトの心の中で、相談したい事柄が明確に定まっているわけではなく、誰かに胸の中につかえている話を聞いて欲しかったのであろう。その日は帰宅後もなかなか寝付くことができず、私は何か重い荷物を得負ったような気持ちになった。

 

(P230

「フィリオクエをとるのと、とらないので、政治的にどのような違いがでてくるか、説明してもらえないだろうか」

これは神学上の大難問だ。「よくわからない」といって逃げてしまおうかとも思ったが、セリョージャのまなざしが真剣なので、答えることにした。

(中略)

聖霊は救済の根拠である。フィリオクエを採用すると、聖霊とはイエス・キリストを通してのみ接触できることになる。イエス・キリストの死後は、教会を通してのみ接触可能になる。従って、救済の権威を独占する教会の司令に従うことが、救済のための条件になる」

「要するに教会は世界の中心にあるので、そこから政治司令塔として機能することになるということか」

「その通りだ。これに対してフィリオクエを採用しないと、信者の一人一人が、神から直接性例を受けることが可能になる。救済を担保する教会の機能が弱くなる。更に、国家や組織に依存しなくても人間は救済されるという考え方なので、宗教的には神秘主義、政治的にはアナーキズムと親和的になる」

「ということは、最近の宗教復興で、ユニア教会が台頭する地域では、政治の組織化が進むのに対し、盛況が復興する地域では、アナーキーな傾向が強まるということか」

「神学倫理的にはそうなる」

「マサル、ありがとう。ガリツィアでユニア教会が果たす役割がだいぶ見えてきた」

 

 

ソ連国内の分離派修道院、プロテスタント教会

ソ連かくれキリシタンという章では、ソ連国内の分離派の修道院を訪ねた記述がある。

(p208)

分離派とは17世紀にロシアで宗教改革が行われたときに、それにしたがわなかったグループである。ロシア皇帝とロシア正教会指導者は分離はに徹底的な弾圧を加え、指導者の司祭アバークムは火あぶりにされた。その後、分離派の信者は「この世の終わりが近い」「ロシアを西欧化するピョートル大帝は悪魔の手先の反キリストだ」との信念を抱き、シベリア、中央アジア、沿バルト地方などに逃げていった。終末論的な信念に基づいて昇進自殺をした信者も多い。

 ドストエフスキーが、『罪と罰』で高利貸しの老婆を殺す主人公をラスコーリニコフとしたのも、「ラスコーリニキ」すなわち「分離派」に引っ掛けてのことだ。

(中略)

 車で二十分程は知った市の郊外に白壁で囲まれた多きな修道院があった。修道院といっても独身の修道士、修道女が住んでいるのではなく、この世の終わりが近い将来にやってくると信じている信者たちが祈りを中心に共同生活をしているである。

 修道院の中に礼拝所があり、正面に聖画像(イコン)がたくさんかかった壁(イコノスタス)がある。(中略)ここには伝記が全く引かれていない。その代わり、燭台に数え切れないほどの数の蝋燭が灯されており、礼拝所全体が橙色の温かい光に包まれている。

 礼拝所の真ん中についたてが立てられ、左側に男性、右側に女性が集まるように区分されている。主流派のロシア正教会は男女が混在して立っているので、この点も分離派の特徴なのだろう。

(中略)

 宗教指導者と信者が一緒になった独特の節回しで祈祷書を読んでいる。ときどきみんなで従事を切るが、右手の親指と人差し指を軽く合わせ、大きな身ぶりでお辞儀をしながら胸の右から左に右手を動かし、引き続いて、眉間から腹にかけて右手を動かす。

 従事の切る順序は主流派のロシア正教会と同じであるが、指の合わせ方が違う。主流派のロシア正教会では、父・子・聖霊の象徴であるとして親指、人差し指、中指をひとつにあわせる。分離派信者たちは、文字通り、命を懸けて親指と人差し指の日本指で十字を切るというロシア古来の伝統を三百五十年も守り続けているのだ。

 アバークムは処刑される炎の中で、「いいか皆の衆よ。たとえこの世の命を失っても、十字は二本指で切るんじゃ。三本指で切ってはならないぞ」と叫んだという伝説が残っている。

(中略)

スターリン自身が中退だけれども神学教育を受けているので、宗教の強さをよくわかっている。だから、弾圧すれば徹底的に抵抗する面倒な分離派には手をつけなかったんだ」

(P291

 ロシア正教会では司祭(神父)をキャリア組とノンキャリア組に分ける。独身性を誓い、黒い儀式服を着る修道司祭はキャリア組で、黒司祭と呼ばれ、修道院長や府主教、総主教になる。これに対し、結婚し、家庭を設け、民衆の中で生活する在俗司祭の儀式服は白いので、白司祭と呼ばれる、正教会では白司祭におけるトップの地位と黒司祭の最下位職が同じレベルというキャリア制度を敷いている。

 信者の家庭的な悩み事の相談に応じるためには、家庭をもっている神父の方が現実感覚がある。一方、教会の上層部や神学者は、生活に煩わされず、教会政治、研究活動に専心することができる。このように正教会は司祭を二分することで、組織機能を最大限に活用することができる合理的な制度を作り上げたのである。

 

(P301キルギス共和国に赴任した神父との会話

「信者は老人ばかりだ。教会の金回りもよくない。ただし、キルギス人がときどき子供を連れて洗礼を授けてくれと夜中に訪ねてくる。このときそこそこカネを包んでくる」

キルギス人はムスリムだろう。秘かにキリスト教に改宗しようとしているのか」

「そうじゃない。キルギス人も公称はイスラームに従っているが、本質はアニミズム(自然崇拝)だよ。キリスト教徒が強いのは、洗礼を受けて、自然の魔力を身に付けているからだと思っている。だから自分の子供が元気に育つためにロシア正教で洗礼をうけさせるんだ」

「おいおい、そんないい加減な理由で洗礼をうけさせてよいのか」

「その辺は神父一人一人の判断に委ねられている。僕は洗礼を授けた」

「それは滅茶苦茶だ。正教会では洗礼は秘蹟なので、本人が信仰を受け入れるという意思を表明するか、あるいは子供ならば親が立派なキリスト教徒に育ているとい前提でしか受けられないのではないか」

「神学的にはそうだ。しかし神学なんかクソ食らえた。ムスリムであろうが仏教徒であろうが、偉大なロシアの大地に生まれた者は全て正教徒だ。だから洗礼を授けても全く問題はない。ソ連当局の摘発によって、洗礼を受けたものが特定され、不利益を被る恐れがあるので、教会は授洗者名簿や教会員名簿をあえて作っていない。洗礼を何度も受けに来るキルギス人もいる」

(P304

「マサル、ロシア人は迷信深い。モスクワ大学前のレーニン丘に教会があるだろう。期末試験前になると学生たちが試験にうかるようにと蝋燭を捧げる。大学当局もそれを止めない。この蝋燭は修道院の工場で賃金なしで作っているので言い収入になる。」

 (中略)

私が顔を出していた哲学部無科学的無神論学科の学生も試験に合格するように神様にお願いしているのかと尋ねると、「そうだ」といわれたので、なんだか無性におかしくなった。

「まるで、漫画じゃないか」

「神さまは当然、科学的無神論を嫌っているので、学生たちは他の科目より念を入れて蝋燭を二本捧げるんだ」

 

(神学部とは何かP128

 モスクワにも一箇所だけプロテスタント教会があった。その教会は全連邦福音主義キリスト教徒・バプテスト教徒同盟教会という名前だった。同じ今日教会に全ソ・セブンスデー・アドベンチスト教会というア看板もかかっている。アメリカでもヨーロッパでも、アジアでさえもありえない二者のとりあわせである。あれだけ広いモスクワにプロテスタント教会が一つしかないというのも驚きだ。非正教、非カトリックの教会は、全部一緒ということで、一つの教会に全ての教派があつまっているわけだ。土曜日は、セブンスデー・アドベンチスト教会の人たちが礼拝をして、日曜と水曜は、他のプロテスタント諸派の人たちが使っていた。10時と、3時と、夜の7時、3回にわけて礼拝をしていた。いつも立錐の余地もないくらいの信者が集まってきて、みんなでお祈りをするわけである。特にバプテストの信者は、どちらかというとアメリカのファンダメンタリストに近い熱烈なところがあるので、必ず、礼拝の最中に聖霊が降りてきて誰かが失神したり、異言を話したりするわけである。そうするといつも大体同じ人が横に出て来てその異言の解き明かしをするのだ。そのキーワードはいつも「神は愛です」ということだ。いつも決まりきった形の儀式だった。私もそういった教派の礼拝は初めて見たので、驚いた。そういう不思議な環境の中で生活していて、毎日が驚きの連続だった。

 

 

 

 他にも、正教会共産党のかかわり、外交の実体など非常に面白いが、あくまでキリスト教との関わりとして興味深いところだけを引用した。ソビエト連邦という国家を語るとき、「宗教はアヘンであり、キリスト教は弾圧された」として片付けてしまいがちだ。しかしそこには、しぶとく根強く狡猾に、キリスト教も生き残っていた。

 佐藤の文章からは、その知られざる実体を垣間見ることができるという意味で貴重だと私は思う。

 

また、単に過去のものとなった「ソ連」の宗教政策という歴史資料としてでなく、彼の書いた共産主義国家における宗教政策の実態は、現代的な意味がある、と私は思う。

それは、同じく公式には「共産主義」を標榜する、中国のキリスト教管理政策とその実体を考えるときのヒントとしてである。その(3)では、それについてわたしが考えていることを簡単に述べてみたい。

(3)に続く。