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色川武大「男の花道」


色川武大を読んでいる。そういえば、去年のこの時期もそうだった。

 文庫本のちくま日本文学全集版。十数編の短編が収められている。

 

色川武大 (ちくま日本文学 30)

色川武大 (ちくま日本文学 30)

 

 

 


色川が、交流のあった棋士芹沢博文将棋九段への弔辞ともいうべき「男の花道」がよい。

芹沢は奨励会の頃から天才少年として、将来の名人候補とされながら、飲む、打つ、買うの無頼派棋士だったようだ。故藤澤秀行とも気が合ったらしい。
しかし、中原、米長と後輩が頭角を現していく中、次第に追い抜かれて生き、無冠のまま51歳で亡くなった。晩年は、様々なトラブルを起こしたらしい。
親しかった色川がその一面を彼らしい彼にしかかけぬ筆致で描き出している。

 

(引用)
好き放題に生きている。
 いや、私流にいうと、この際、好きなことはなんでもやっておこう、という生き方。

(引用)
どうせ呑むならシャブリだ、といって朝からもう二本くらいあけてしまう。
「ワインは身体にいいんですよ。栄養もあるし。ワインを呑んでいれば大丈夫」
「そうかなァ――」
と私は弱々しく笑う。なにがいいことがあるものか。ワインこそもっとも肝臓にわるい。そんなことは、芹さん、百も承知だ。

(引用)

私はこの図柄を笑わない。ただ、哀しいばかりなのだ。

 


若かりし頃、ばくち打ちとして生きた色川は、将棋という勝負の世界で生きる人間を畏敬、畏怖の念をもって交流していたようだ。そして、芹沢の死を知らされたときの気持ちをこう書いている。

(引用)
まだ、51歳。
哀しい、惜しい、淋しい、いろいろな感情に先駆けて、男の死に方だなァ、という思いが胸に満ちた。しかし、その実感を具体的に説明することがむずかしい。
 私は、芹さんの悪遊びの仲間の一人に誰からも思われている。実際またそのとおりでもあったが、私の内心としては、遊び友だちのつもりではなかった。芹さんは、そんなことを一言も漏らすような人でなかったが、胸の中の深いところで、なにかを決意してしまったようなところがあり、私はそれを漠然と感じていて、しかし、男が深く深く決意してしまったようなことを翻意させる手だてがみつからず、ただただ眺めているきりだった。自分が芹さんであっても、誰の説得も通じない。そんな塊りを手をつかねて見守る。
 その塊りが何だったか、私に断定する術はない。私たちはその話題を一度も口にのせなかった。かりに、死にたい、死ぬ、ということだったとする。それでも私は、見守っているほかはない。片刻も眼を離さずに。
 それしか仕方がない。私は芹さんと、そんなふうな内心を隠し持って、つきあっていた。芹さんはそこいらを感じてくれただろうか。
 その明け方、四時半に訃報をきいた。私はとうとう、一度も、一言も、芹さんの観念的自殺を喰い止める術を得なかった。

 

色川は最後、テレビの取材で感想を問われたときのことを記してこう終る。

「男の死に方だなァ、と思いました」
私はそれだけいった。

 

 

 

そうそうそういうこと。それを言いたかった。

読み手が日々の中、もやもやしているところを、見事に掘り下げ、整頓し、開陳してくれる。色川の文章を読むたびに、その手練手管にうならされる。

彼以外に、このような語り口でかける作家を他にしらない。

それができるからこそ文学者なのだろう。

 

 

色川は優しい人、人に慕われた人と語られる。
たとえばこの文庫では、イラストレーターの和田誠がその交流を語っている。
「どんな話もできて、優しい人だったから、友達はとても多かった。年齢も職業の範囲もやたら幅が広い。色川さんは誰の悪口も言わなかったし、色川さんを悪く言う人もまったくいない。それに若いものが甘えるのを許してくれた」

今まで読んだ限り、ほとんど誰もがこの調子なのだ。逆に怖い。

 

色川のような存在がいたら、彼女も逝かずにすんだのかもしれない。

 

ひどく孤独な人は、決まって三月に逝く。

夏は闇が深く、秋は感傷に過ぎる。冬はさすがにしんどい。

春、この季節が一番ふさわしいのかもしれない。